日本人差別法 『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』 の廃止を目指すブログ

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【差別的で明らかにおかしいヘイトスピーチの解釈】 『表現の自由の事をFreedom of speechという』 (by のりこえねっと共同代表・辛淑玉氏) 英語で表現の自由は『Freedom of expression』です!

ヘイトスピーチの定義

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(出典先)20160209【シリーズ ヘイトとは?】第1回「ヘイトスピーチとは何か」辛淑玉 - YouTube

 

(序文)

今回は、のりこえねっと (ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク)共同代表の在日韓国人3世・辛 淑玉シン スゴ氏による、いわゆるヘイトスピーチの意味に関する解説について諸々、疑問点や問題点、他、物申させて頂きました。

概ね、フリージャーナリストの安田浩一やすだこういち氏と同じような解釈ですね。非常に差別的で、逆に差別を助長するものであるという事を今回も強く感じました。

 

(関連記事)

【差別的なヘイトスピーチの解釈】 『ヘイトスピーチとは、マイノリティーに対して向けられる差別的言動、それを用いた煽動や 攻撃を指すものだ』(by フリージャーナリスト・安田幸一氏)に対する反論

 

 

 

 

差別的で明らかにおかしい、辛淑玉氏によるヘイトスピーチの解説

 

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20160209【シリーズ ヘイトとは?】第1回「ヘイトスピーチとは何か」辛淑玉 - YouTube

※上記動画の内容を文字起こしさせて頂きました。

20160209【シリーズ ヘイトとは?】第1回「ヘイトスピーチとは何か」

<辛 淑玉氏>

ヘイトスピーチという言葉がよく知られるようになりました。もう、かれこれ3年くらいになりますね。でも、この言葉の意味を間違って使っている人たちが沢山いるようです。

ヘイトというのは英語ではとてもありふれた単語です。『I hate apple』私はリンゴが嫌い。というね、この時のヘイトという言葉には『嫌い』という簡単な意味合いだけではなく、『憎悪』とか『憎しみ』という語訳もあてられる事があります。

でも、『I hate apple』といった時には"嫌い””ちょっと苦手”と言って、好きの『Like』の反対に使われますね。

じゃあ、ヘイトスピーチと言った時のヘイトというのは、憎しみの言葉なのか?ていうと、ちょっと違うんですね。『ヘイト:Hate』という言葉の後ろに『スピーチ:Speech:(演説)』とか『クライム:Crime:(犯罪)』という単語が付くと、ある特定の意味を持つ熟語になるんですね。

この場合のヘイトは【少数民族】や【性的マイノリティ】或いは【宗教的なマイノリティ】や【社会が障害になった人】といったように社会の多数派に比べて勢力の小さな弱い立場にある人達に向けられる憎悪、と言う意味になります。

つまりヘイトスピーチ『Hate speech』ていうのは、差別扇動という意味になるわけです。

 

では、『スピーチ:Speech)ていうのは話す、とか、演説するのか、といったら実はそうではないんですね。表現の自由の事を『Freedom of speech』というように、このスピーチには声によるもの、映像とか、イラストとか、絵とか、ダンスとか、映画とか様々な表現行為が含まれるわけですね。

ですから、ユダヤ人の集住地域にナチスの旗を持って、ワ~っとね、デモに行ったりする事、これはその旗をその場所で掲げるという、その行為、その事がヘイトスピーチとみなされることがあります。

よく間違って理解しているのに、ヘイトスピーチを単なる喧嘩言葉とか、汚い言葉というふうにごっちゃにしたりとか、何でもかんでもヘイトスピーチと言う方が沢山いらっしゃいますが、それが間違った理解です。

ヘイトスピーチはあくまでも、『差別の扇動』という限定された意味の言葉です。ですから権力者とか政治家に対して厳しい抗議をしたり、その批判をすることをヘイトスピーチと言うのでは全くありません。全然違いますから、是非、その違いだけは覚えておいてください。

(文字起こし、ここまで)

 

 

 

辛淑玉氏によるヘイトスピーチの解説に対する疑問点並びに問題点

 

こちらでは、前述した辛淑玉氏によるヘイトスピーチに関する解説に対し、個人的に疑問に感じた点や問題点など諸々書き記してあります。

 

疑問点(Questions)
 
① そもそも『ヘイトスピーチ』という言葉はどこから伝わって来たのか?

 

冒頭部分で『ヘイトスピーチという言葉がよく知られるようになりました。もう、かれこれ3年くらいになりますね。』と述べられています。ちょっとこの表現をどうとらえて良いのかわからない部分があります。

例えば、ヘイトスピーチが出始めてからよく知られるようになって3年くらい経つのか? 或いは、それ以前からヘイトスピーチと言う言葉は出回っていたが、ほとんど知られることはなく、よく知られるようになったのは3年くらい前なのか?

これはともかく最も知りたいのは、このヘイトスピーチという言葉、そもそも、どこから出て来たのか? 誰がどのような形で伝え、日本社会に広めたのか?

 

ヘイトスピーチ! これは明らかに日本には存在してこなかった言葉でありますが、今年4月ごろに来日された国連の特別報告者・デビッド・ケイ氏という方によると、国際法にはヘイトスピーチを規制する条文も無ければ、定義も存在しない外国人特派員協会で述べておられたのがとても印象的でしたが、だとすると国連から伝わって来た言葉ではないという事が言えると思います。

では、どこから? 誰が伝えたのか? 何のために広めたのか? 何気ないことですが、これって重要な論点だと思います。理由もなく伝え広める事はまずなく、何らかの意図があって伝え広めたとみていますので、具体的にまず、それが誰なのか? というのが気になります。

 

ヘイトスピーチ=差別扇動というのは曲解ではないのか!?

 

ヘイトスピーチ『Hate speech』ていうのは、差別煽動という意味になるわけです。

上記のようにヘイトスピーチの大まかな意味を述べておられますが、本当にヘイトスピーチというのは差別扇動と言う意味になるのか?

というのは、Googleの翻訳で『Hate speech』と入力し和訳したところ『ヘイトスピーチ』としか出てこない。具体的な熟語としての漢語は出てこず、カタカナのヘイトスピーチと出てくるだけ。差別扇動なんていう熟語は全く出てこない。

 

では、『差別扇動』とは英語でどのように表現されるのかといいますと、Discrimination incitementと出てきました。『Discrimination』=差別、そして『incitement』=扇動、というふうになります。

つまり【差別扇動】という英語はちゃんと別に存在しているわけですが、なぜヘイトスピーチ=差別扇動になるのか意味不明な状況です。

おそらく・・・勝手に当てはめたものではいかと疑念すら感じます。

 

表現の自由は『Freedom of speech』?? 本当にこれで合ってる?

 

スピーチ:Speech)ていうのは話す、とか、演説するのか、といったら実はそうではないんですね。表現の自由の事を『Freedom of speech』というように、このスピーチには声によるもの、映像とか、イラストとか、絵とか、ダンスとか、映画とか様々な表現行為が含まれるわけですね。

このように辛氏は述べておられますが・・・翻訳にかけてみるとFreedom of expressionと出てきました。一方『Freedom of speech』というのは言論の自由と翻訳されました!!

 

ここで『言論』と『表現』という言葉についてみていきますが、まず『言論』とは(口で言ったり文章にしたりして思想や見解を発表し、論じること。また、その論。)という意味のようですが、

一方、『表現』とは(心理的、感情的、精神的などの内面的なものを、外面的、感性的形象として客観化すること。また、その客観的形象としての、表情・身振り・言語・記号・造形物など。)という意味の様です。

つまり言論というのは幅の狭さ、限定的な様を感じさせますが、表現というと幅の広さ、多元的な様を感じさせる。『表現』と『言論』は同一ではないというのがわかります。

要するに、『Freedom of speech』を表現の自由と解釈するのは大きく間違っているのではないか!?ということです。正しくは『言論の自由』と解釈するべきではないかと。

 

そして、『ですから、ユダヤ人の集住地域にナチスの旗を持って、ワ~っとね、デモに行ったりする事、これはその旗をその場所で掲げるという、その行為、その事がヘイトスピーチとみなされることがあります。

と述べておられるわけですが、何等かの意味を以て旗を掲げるというのは、どう考えても『表現』という概念に該当するのではないかと思いますが、これをヘイトスピーチ『Hate speech』に含めるのはどう考えても無理があると思わざるを得ないです。ていうのか・・明らかに違うだろうという思いで一杯ですわ!

 

④単なる喧嘩言葉、汚い言葉はヘイトスピーチに該当しない!?

 

 そして、終盤当たりでこのように述べておられます。

よく間違って理解しているのに、ヘイトスピーチを単なる喧嘩言葉とか、汚い言葉というふうにごっちゃにしたりとか、何でもかんでもヘイトスピーチと言う方が沢山いらっしゃいますが、それが間違った理解です。

いや・・あの・・・『表現の自由』と『言論の自由』をごっちゃにしてヘイトスピーチを解釈されているかのような方が言われましても、全く説得力を感じられないですが、

上記の内容だと、単なる喧嘩言葉とか、お下品で汚い言葉はヘイトスピーチには該当しないという風にとれますが・・・

辛氏は中盤当たりでこのように述べています。

少数民族】や【性的マイノリティ】或いは【宗教的なマイノリティ】や【社会が障害になった人】といったように社会の多数派に比べて勢力の小さな弱い立場にある人達に向けられる憎悪、と言う意味になります。

上記のような方々に対して、単なる喧嘩言葉とか、お下品で汚い言葉を投げかけてもヘイトスピーチに該当しないということになると思いますが、これでいいのでしょうか??

 

しかし、単なると喧嘩言葉、汚い言葉といっても結構、範囲は広くなるだろうし、個々の感じ方によってはそうではない場合もあるだろうし、中にはこれに凄まじく嫌悪感や不快感を感じ不当な差別を受けたと解釈する人もいるのではないかと思います。

つまり、ハッキリくっきりと区分けすることには無理があるのではないか?と思いますが・・??

 

問題点(problem)

 

●差別的なヘイトスピーチの解釈

 

この場合のヘイトは【少数民族】や【性的マイノリティ】或いは【宗教的なマイノリティ】や【社会が障害になった人】といったように社会の多数派に比べて勢力の小さな弱い立場にある人達に向けられる憎悪、と言う意味になります。

 なんだか上記のように、ある特定の方々に対する差別の扇動をヘイトスピーチであるというのなら、それ以外の方々に対する差別の扇動はヘイトスピーチではないという事になり、肯定されるかのような部分も感じられます。つまり逆差別を誘発するというのか。

 

そもそも何人に対しても差別の扇動を行うことがあってはならないと考えるのが普通の人間の感覚であると思うし、道義的にも言えるのではないかと思いますが、なぜ、差別に対して人一倍、声を上げるような方が逆差別を誘発するような概念を肯定するのだろうか?

 

つまり問題と言うのは、ある特定の集団、又は個人に対する差別の扇動に対してヘイトスピーチであるという事は、このヘイトスピーチという概念自体が差別を助長するものであるのだから、本来、否定しなければならない。

 

私自身は道義的、そして一般的な考え方を以てこのように考えているわけですが、そもそもある特定の集団や個人を限定してその人権を保護し、それ以外の者、いわば多数派は含まないような概念を肯定するかのような言動に何とも言えない気持ち悪さ、不快なものを感じます、

差別を許さないと人一倍、声をあげるような方がですね、なぜこの矛盾に気づかないのか??

 

最後に・・・

 

要するに、ヘイトスピーチとは

世間一般とは異なる価値観や考え、或いは状況に置かれている、いわゆる【少数派】とか、いわゆる【弱者】であり、

ユダヤ人の集住地に行ってナチスの旗を掲げデモを行う等がヘイトスピーチとなるなどの発言から察するに、その集団、或いは個人に対して強いトラウマとなっているようなモノを掲げたり、言葉にしてみたり、他表現を行うとヘイトスピーチとなりアウト!!

しかし、それ以外の集団や個人に対する差別の扇動などはヘイトスピーチと言わない、だからいくら差別的表現を浴びせても、扇動を行っても構わない!っていう事なのかなぁ??と個人的に思いましたけど、

これで正しければ、憲法第14条の『法の下の平等』や国連人種差別撤廃条約にも反する概念であるというのが濃厚ではないですか!?

 

日本国憲法 第14条 1項

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 

一般的な価値観、考え方、状況から逸脱していようが、そうでなかろうが何人に対してもやっちゃいけないものは、やっちゃいけない。これが14条1項の考え方ではないのでしょーか?

それを価値観、考え方、状況が一般的であり、つまりこのような力関係における多数派に対しては差別的言動を行っても、差別の扇動をしても許されるかのようなヘイトスピーチと言う概念は明らかにおかしい。

 

 そして個人の尊厳の尊重を謳う13条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

この条文は主語が国民となっていますが、在日外国人も含まれると解釈されているようです。 偏向的、且つ差別的なヘイトスピーチという概念はこの13条にも反するのではないかと思いますが。

 

第1条

1 この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。

2 この条約は、締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先については、適用しない。

あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約

 

そして、人種差別撤廃条約の第1条の1項と2項ですが、まず1項には例えば『人種=人の種類』に基づく、あらゆる区別、排除、制限又は優先は人種差別であると謳われているわけです。

例えば価値観、考え方、状況が一般的であり多数派であり、力安系において強者であろうと、ヘイトスピーチの概念からはずし、あたかもこれらの者たちに差別を行っても許されるかのような形は人種差別に該当するということです。

 

因みに、この条約は同じ国民の間で生じる人種差別を規制するような条約であり、外国人の場合は不当な差別を除いて、合理的な差別(区別、排除、制限、優先など)には適用しないと2項に書かれてあります。これは14条でも言える事です。絶対的に差別をしてはいけないというわけではありません。

具体的には国籍を理由とする合理的な区別、排除、制限、優先などは許されるということです。(外務省に確認)

 

ヘイトスピーチというものの概念は明らかにおかしい!道理に反する!というのが個人的な見解ですが、私だけかな・・このように考えるのは!?

 

 

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