日本人差別法 『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』 の廃止を目指すブログ

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Part① 【関東大震災・朝鮮人虐殺という流言を飛ばすのはやめて!】 荻上チキSession22 『三国人ていうのは朝鮮人に対する差別表現』と発言された加藤直樹氏の見解に対する感想

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今回は、TBSラジオ荻上チキSession22】テーマ『91年前に関東大震災で起きた朝鮮人虐殺。その時、何があったのか?そこから何を学ぶべきなのか?』というラジオ番組の内容について取り上げさせて頂きました。

スタジオゲストとして招かれたフリーライター加藤直樹氏の発言について感じた事など、諸々書かせていただきました。

このフリーライターの方、関東大震災での、いわゆる朝鮮人虐殺に関する本を出版されている方でもあります。

 

 

 

 

なぜ他の外国人ではなく朝鮮人が狙い撃ちされたのか!?

 

SS22 加藤直樹×山田昭次 『関東大震災』もうひとつの記録 2014.09.01 - YouTube

上記動画より引用

荻上氏の発言)4分08秒より

「さて、今日は山田さん、加藤さんと一緒にこの問題を考えていきたいと思うんですけれども、まず加藤さん、お聞きしたいんですけども、この『九月、東京の路上で』僕も拝読して書評を書かせて頂いたんですけども、なぜこのタイミングで、このフリーランスで特にそのこの問題の 専門家て形で無い方がですね、こうしたその焦点を当てて本を、このタイミングで出されたんでしょうか?」

 

パーソナリティーの荻上氏が紹介されておられる加藤直樹氏の著書についてですが、ここでは『九月、東京の路上で』とだけ紹介されていまますけれども、多分これはサブタイトルだと思いますが1923年関東大震災ジェノサイドの残響といった表現で本の表紙に載せられてあるのを発見したんですね。

 

ジェノサイドといえば、アメリカ軍によって1945年(昭和20年)8月6日、広島に原爆が落とされ約14万人以上が虐殺され、そして同年8月9日、長崎にも原爆が落とされ約9万人以上が虐殺されたという戦争犯罪が歴史の事実として存在しましたが、これが人体実験であったと言う情報もあります。人体実験だった広島・長崎の原爆: 依存症の独り言

果たしてジェノサイドというのは適当な表現なのでしょうか?

 

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 (出典先)本を読む at イガイガボン

 

ジェノサイドという用語を辞書で調べてみますと、『ある人種・民族を、計画的に絶滅させようとすること。集団殺害。集団殺戮(さつりく)』という意味であることが具体的にわかりましたが、

つまり加藤氏は93年前(大正12年:1923年)に起きた相模湾震源とするマグニチュード7.9の大地震関東大震災)時に起きた日本人による多くの朝鮮人などが殺傷された(荻上チキSession22でアシスタントらしき女性は虐殺と表現)事に対し、あの事件は日本人による計画的朝鮮人に対する集団殺戮(虐殺)であるという見解を示していることになります。仮に計画的だったという見解をされていないにも辞書から調べたうえではこのようになってしまうということです。

 

ここで一つ問いたいのは、なぜ『朝鮮人』だったのか? なぜ台湾人や中国人ではなかったのか?ということでございます!

あの時代、日本は朝鮮や台湾を併合し(植民地支配ではない)、共に日本人として生きていた時代です。(台湾は1895年:明治28年:光緒21年、4月17日から1945年:昭和20年、民国34年、10月25日まで日本が統治し、朝鮮半島は1910年:明治43年、8月29日から1945年:昭和20年、9月9日まで)しかし、なぜ朝鮮系日本人が主に殺傷され、台湾系日本人や、他の外国人ではなかったのか?

 

加藤氏にお話を聞かれる前に、アシスタントらしき女性により次のような説明がありました。

(1分03秒あたり)

「当時、日本は朝鮮半島を植民地支配をしていて、震災当時は多くの朝鮮人が日本に移住していました。

その朝鮮人『武器を持って暴動を起こした』『井戸に毒を入れている』といった流言が広がり、日本人によって多くの朝鮮人などが虐殺されたと言われています。こうした件について内閣府の中央防災会議は2008年、虐殺と言う表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは朝鮮人が最も多かったという報告書を発表しています。」

 

朝鮮人などが』という表現をされていますが、日本側からの主張として当時、日本からの独立を企て皇太子殿下:摂政宮(後の昭和天皇)の暗殺を計画していた義烈団(1919年:大正8年、11月10日に朝鮮独立活動家の金元鳳を中心として結成された民族主義的な武装テロ組織)、この集団は 大韓民国上海臨時政府関東大震災で6000余名の朝鮮人が虐殺されたと流言を飛ばした)から庇護を受けていた武装テロ集団ですが、

ノンフィクション作家・工藤美代子氏の著書『関東大震災朝鮮人虐殺」の真実』の中で義烈団について次のように記されてあります。

 

wasavi0032016.hatenablog.jp

※上記、当ブログのエントリーから引用

『義烈団』をはじめとする朝鮮人過激派は皇太子暗殺を諦めたわけではなく、実は摂政宮の御婚儀の機会を虎視眈々と狙っていたのです。摂政宮を暗殺し、日本の国体を揺るがせて独立運動の勝利に結びつけようという朝鮮独立運動家たちのたくらみは政府も重々承知して、警戒を強めていました。

目標達成のため日本国内への侵入をくりかえし、時機をうかがっていた上海の大韓民国臨時政府とその庇護を受けたテロ集団にも路線をめぐる党派争いがあり、その結果、いくつかに分裂した集団は個々に計画を練り、日本内地襲撃を狙っていたと考えられます。

とはいえ、いずれの分派も目標の第一は摂政宮の御成婚当日、それも摂政宮そのものを目標とし、一斉に暴動を起こすことが画策されていました。ところが、テロリスト集団さえ予想もしなかった大地震が、まだ準備の整わない9月1日に起きてしまった。彼らにとっても想定外の混乱が生じたようです。

本所深川あたりから避難してきた罹災者約3千名が集まっていた越中島の糧秣廠( りょうまつしょう)を爆破し、多くの避難民を殺害して逮捕された朝鮮人テロリストの証言によれば、目標は11月27日の御大典だったが、大震災が起こって予定どおり行われるかどうかわからなくなったので、大震災という好機を逃すべからずと決断したとのことでした。同じように「目標は御大典だったが、大震災に乗じてことを起こした」と自白したテロリストはずいぶん多かったようです。

 

赤い文字のところを注目して頂きたいのですが、具体的に朝鮮人テロリストによるテロが震災のさなかで起きていた事を示す重要な内容となっていますが、

その後のテロリストの証言震災の乗じて事を起こした、と自白したテロリストは多かったということから、この朝鮮人テロ集団から家族や周辺の住民の生命と安全を守るため、防衛の目的で自警団が結成され、様々なテロ行為を行ったテロ集団に対する報復として殺害行為に及んだとされていますが、中には朝鮮人テロリストと間違われ殺された罪もない朝鮮人や中国人、日本人も存在した模様です。(軍などによる報復も存在したようです)

(関連記事)

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このような背景が存在したようですが、この【荻上チキSession22】というラジオ番組では、なぜ日本人が朝鮮人を主として殺害に及んだかという事についてまともに検証すらもされていないかのような、流言である事を前提として話を進めておられるようです

まるで、第二のNHKか!と思わざるを得ないといったところでございます。

 

それはさておき、仮に計画的だったにせよ、テロリストからその地域や摂政宮(皇太子殿下:後の昭和天皇)を御守するためには殺傷行為に及ばざるを得なかったとみる方が妥当ではないかと思います。

なにせ相手は目的の為には無差別殺戮もやるテロリスト集団だったわけです。特段の理由もなく、ただ朝鮮人であると言うことだけで殺害したわけではありません。

ですから、ろくに検証すらもしていないかのような番組や人物による『虐殺』とか『ジェノサイド』といった表現は不適切極まりないと強く感じた次第でございます。

 

三国人』は朝鮮人を差別する表現!? 本当にそうなのか?

 

 さて、ここから加藤直樹氏の発言を見て参ります。

 

(加藤氏の発言)4分33秒より

そうですね、実はこれは関東大震災について書かなくてはいけないって言う風に思ったのはですね、結構古いんですね。

2000年に東京都の知事の石原慎太郎さんが『三国人発言』という発言をされたのをご記憶の方も多いと思うんですね。もう10年前ですから若い方もちょっと記憶にないかもしれないですけども、当時、石原都知事がですね、自衛隊の観閲式のときにですね、自衛隊員たちを前に、東京で大きな地震が起きた場合にですね、三国人』、三国人ていうのは朝鮮人を差別的な表現ですけども三国人といった人々が大きな暴動を起こす可能性が有る』と、『その時には自衛隊が出動して治安出動して欲しい』というような事を言ったんですね。

当時、これ非常に問題になりまして、かなり石原都知事が批判されたんですけども、ただどうしてもその中心は『三国人』という差別表現がけしからん、というような話に矮小化してしまったんですね。

 

 

 『三国人』という言葉が朝鮮人に対する差別表現であるといういうような発言をされていますが、この三国人という言葉を辿るとGHQのダグラス・マッカーサーに関係していることがわかりました。

国際的に見れば三国人というのは差別表現でも何でもないようです。差別表現としているのは在日コリアン、他そのシンパ?の見解、価値観であって、ともすれば不当な言論弾圧にも関わってくる問題でもあると思われます。

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三国人発言肯定派】

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  2. 映画に見る朝鮮人の暴力 - BBの覚醒記録。無知から来る親中親韓から離脱、日本人としての目覚めの記録。

 

では、ここから三国人第三国人)という表現についてみていきます

第三国人 - Wikipedia

Wikipediaより一部引用

 

第三国人(だいさんごくじん)は、本来は「当事国以外の第三国の国民」一般を指すが、連合国軍占領下の日本においては、官公庁や国会を含む日本人およびGHQが、特に、日本に居留する旧外地(台湾・朝鮮など)に帰属する人々を指して用いた呼称(もとは行政上の用語、後述)。単に三国人(さんごくじん)ともいう。人

Third Nationalsの翻訳説

GHQが、日本の統治下に置かれていた旧植民地の住民は戦勝国民・中立国民のいずれにも該当しないとして、「third nationals(第三国人)である」と規定したことによるとする説が、 野村旗守宮島理李策呉智英、浅川晃広らや、佐藤勝巳、秦郁彦らから出されている。

Non-Japaneseの翻訳説

GHQが使用した「non-Japanese(非日本人)」という言葉を日本の政治家・官僚が「第三国人」と訳し、それがGHQ側にも受け入れられたとされる説が朝鮮史研究会の水野直樹、藤永壮らから出されており、GHQ内では朝鮮人を当初 "non-Japanese nationals"(非日本人)や non-Japanese, Koreans, Formosans(台湾人) と称しており、日本人に合わせて第三国人を使用したのではないかとの見解を示している。

韓国政府による「外国人」の地位請求

1955年(昭和30年)12月8日の第23回国会衆議院法務委員会で入国管理局長 内田藤雄は、日本が終戦後朝鮮人を外国人として取り扱った実情に対して、それまでに日韓会談において韓国側から不当だとの主張は出されず「むしろ逆に、韓国側は、朝鮮人は外国人である、特に占領時代の当初におきまして、占領国民と同様の待遇を与えるべきだということからでもあったと思いますが、ことさらに向う側で外国人であるということを非常に強く主張して参った」、それで「いわゆる第三国人などというような言葉も当時できた」と語っている。

 

 

「朝鮮人等は戦勝國民に非ず、第三國人なり」 By マッカーサー元帥 黒猫通信/ウェブリブログ

※上記ブログより一部転載させて頂きました。

 

さらに、当時を生きた北斗星さんの談話を続けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

關東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つやうな勢で数多犯罪を重ねた

川崎、濱松、大阪、神戸などが酷かった

其最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に對する集團暴行・傷害事件がある 

翁が軽井澤の静養先から帰京しやうとして信越本線の汽車に乗って居たら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鐵道員を突き飛ばし押入って來て、俺達は戦勝國民だ、おまへら被支配者の敗戦國民が座って支配者様を立たせるとは生意氣だ、此車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな! と追ひ立てた 

 其で鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座ってゐるのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、忽ち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした 

幸にして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した

・・・・・・

はい、ここに、今の日本の首相、鳩山由紀夫の祖父、鳩山一郎が出てきますが、これはどうやら、少し勘違いのようでして、鳩山一郎の「回顧録」によると、この暴行を受けたのは、鳩山本人ではなく、あるご老人で、鳩山一郎(ウィキ)の逸話には

戦後、青森へ遊説に行くため、上野で汽車に乗ろうとすると、車両が中華民国人に占拠され、車両を出て行こうとしない老人が殴られるのを目撃した。

青森から東京に戻る際には、朝鮮人が列車を占拠しようとしたが、駅長が拒否するという事件にあった。

自衛隊はこういうことが起こらないために必要だ」と述べている。

 

・・・これが話の真実だと思われますが、いづれにしても、鳩山一郎が、在日朝鮮人たちの暴挙を取り締まるために自衛隊を作ろうと思い立ったということ、これは真実でありましょう。

 

さらに転載を続けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 直後に總理大臣に成る程の大物でも如斯 

況や庶民に於てをや土地も屋敷も物資も操も、奪ひ放題であった闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、殊には、空襲や疎開で一時的に空いてゐる土地が片端から強奪された

 今、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼肉屋を営業してゐるのは、皆、あの時奪った罹災者の土地だ 

 其でも警察は手が出せなかった

 歴代總理大臣等が絞首刑になって行く状況で、警察如きに何が出來よう 

或日、警察は何月何日を以て廃止す、再び登庁するを許さず、と命ぜられれば、其切り警察は消滅する 

七百萬の大軍を擁した彼の帝國陸海軍ですら、左様にして両總長 両大臣以下、自然廃官になった 

 堪りかねた警察が密かにやくざに頼み込み「濱松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻發した 

 最後の頼みの綱は聯合國軍であったが、遂には其憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った 

 

 其で流石に米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担當してゐた米第八軍司令官アイケルバーガー中將が、關東と言はず關西と言はず、はたまた北九州と言はず、不逞鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機關銃を構へて不逞鮮人共にピタリと狙ひをつけ、漸く鎮圧した

 此時、聯合國軍總司令官ダグラス・マックアーサー元帥の發した布告が、「朝鮮人等は戦勝國民に非ず、第三國人なり」と言ふ声名で、此ぞ「第三國人」なる語のおこりである

 だから、外國人差別用語な筈は無い 

彼等自身、マックアーサー元帥以下、一人残らず皆、外國人ではないか

 「第三國人」の語は、國際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない 

 

 

三国人という表現に対して嫌悪を感じるのは『戦勝国民』を否定された事に対する反感からでしょうか・・??

 

 「朝鮮人等は戦勝國民に非ず、第三國人なり」とGHQの最高司令官・ダグラス・マッカーサーが宣言するに至る、朝鮮人の暴挙を綴ったある人物の手記をこちらに掲載させて頂きました。

 

朝鮮人は戦勝国民にあらず、第三国人である。とマッカーサーが言っております。|壊れかけた右脳日記

※上記ブログより転載させて頂きました。

 

作村 満明氏 Facebook記事より

朝鮮人戦勝国民にあらず、第三国人である。とマッカーサーが宣言し直した理由がひどすぎる。どこも報道しないから、以下のブログ「金作の独り言」、拡散願います。

 

田岡一雄自伝 電撃篇」(田岡一雄 山口組三代目 組長 一九七一年初版 徳間書店)よりの引用

 

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その日のうちに神戸は修羅場と変貌した。

敗戦の報に茫然自失する市民とは対照的に、これまで過酷な労働で軍部から抑圧されてきた第三国人たちは欣喜雀躍とし、略奪、報復の火蓋をきったのである。

その日の午後七時。

徒党を組んだ三国人国鉄深川駅構内の貨車を襲って配給物資を強奪。これを皮切りに市内随所で襲撃略奪事件を起こし、婦女子を暴行し、わがもの顔に跳梁しはじめた。

終戦当時、国内には二百万以上の三国人がいたが、とくに兵庫に多く、昭和一八年に一三万五千人、四八都道府県の七%強を占め、大阪、東京につぐ三位という勢力をもっていた。

略)

三国人たちは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街をのし歩いた。

通りすがりの通行人の目つきが気に食わないといっては難くせをつけ半殺しにし、 無銭飲食をし、白昼の路上で見境なく集団で婦女子を暴行する。善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。 

彼ら不良三国人は旧日本軍の飛行服を好んで身につけていた。 

袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って町をのし歩いた。 

腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を引っさげ、略奪、暴行をほしいままにした。 

警官が駆けつけてきても手も足も出ない。 

「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人が何をいうか」 警官は小突き回され、サーベルはヘシ曲げられ、 街は暴漢の跳梁に無警察状態だ。

 

昭和二〇年八月末、わたしは所用の帰途、女の悲鳴をきいた。

人通りもすくない東山病院の裏手である。白熱の太陽がキナくさい焼跡に照りつけていた。

一瞬、ぎくりと立ちどまり、悲鳴のあがる方角に走った。

途中で四、五歳の女の子が泣きながら夢中で駆け寄ってきた。

「どないしたんや」

「おかあちゃんが、おかあちゃんが」

少女はわたしに泣きじゃくりながらしがみつく。 

この世のものとは思えぬ女の狂気じみた悲鳴がきこえつづけていた。

「ここにいるんやで。ええな」

私は少女をその場において一目散に走った。 

少女の母親は木立の中で数人の男に犯されていた。

飛行服の、三国人の男たちだった。 

彼らは不適な薄ら笑いで女の手足をおさえつけ、一人がその上に乗っている。

女は狂ったように絶叫していた。

<汚ねえ・・・・>

うめくと、わたしは遮二無二彼らに突進していった。

 

昭和二一年二月、神戸生田署の岡政雄巡査部長が彼らに拉致されて暴行殺害され、同年四月、須磨署佐藤進巡査部長がやはり彼らの手によって射殺された。

そればかりではない、警察の威信を根底からくつがえす不祥事さえもちあがった。

すなわち不良三国人三百余人は兵庫警察署を襲撃し、署長はじめ幹部署員たちを人質として電話指令交換室を占拠したのである。

 

 

当時の朝鮮人を助長させ暴挙に走らせたのも、もとはと言えばGHQによる占領統治の害が影響していた模様ですが、やりたい放題、暴れ放題で手が付けられなくなり、

さすがのマッカーサー元帥も「あんた達、戦勝国民じゃないから!戦勝国民でも敗戦国民でもない第三国人だから!いい加減、いい気になって暴れるのはやめたら!」てな感じだったのではないでしょうか。

 

 そして、次の加藤氏の発言を拝見させていただき、本当にいろいろ調べたの??と、思わずにはおれない状況に・・・。

 

 

ただ僕はそれだけなのかな?と思って、そもそも地震の時に外国人が暴動を起こすっていうのはね、発想自体が変じゃないかと思って、どんどんいろいろ調べていくうちに、そんなことは過去にもないっていう事がわかったし寧ろその、外国人が悪さをするかもしれないという流言によって外国人が殺されたりとか、そういった事態っていうのは世界的にあったんだっていうことがですね、わかってきて、

そしてそういうのでもう一度、関東大震災について調べた時に、本当にこれは恐ろしいことだと思って、地震国・日本でですね災害時の流言とか、それに対してどう行政が向き合うだとか、そういうことをちゃんと考えないと、関東大震災のことって昔のことじゃないなと思ってですね、それでまわりの友人たちに、石原発言てあれマズイよっていうふうに言ってまわったんですけども、誰もその時ピンとこなかったんですね。『あぁ、なるほどね』とか言われただけでですね、それでこれはやっぱりなんか書いて問わなきゃいけないのかなと思ってですね、自分は素人なのでそういう歴史学者が書くような書き方は出来ないと、どうしたらいいだろうと思った時にだんだん出てきたのがですね、やっぱりその・・完全に東京てどんどん街並みが変わっていって新しいビルが出来ると、その前にどんなお店があったとか忘れちゃいますよね。非常にこう歴史を忘れさせる街だと思うんですよ。だから90年前のことなんか本当に忘れているわけですよね。

なので90年前のあの街の様子っていうのを人々の群像をですね描くものとして、ノンフィクションとして書くことでそれを提起できればとという思いがずっとあったんです。

 

 

どんどんいろいろ調べていくうちに、そんなことは過去にもないっていう事がわかった』とのことですが、いったいどのような検証作業をされたのか?という疑問が払拭できない状況です。

現に、工藤美代子さんというノンフィクション作家の方は公的な資料を基に義烈団というテロ集団のあらゆる犯罪、そして当時の摂政宮(後の昭和天皇)暗殺計画まで調べ上げ著書に記されていらっしゃいます。

中には流言もいくつか存在したでしょうが、『武器を持って暴動を起こした』『井戸に毒を入れている』というのに関しては、事件を報じた当時の新聞まで存在し、流言と断定するのは不適当だと思いますね。

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朝鮮人出ていけ!!』と言われる原因に気づいていない!?

 

 そして一見、無関係にみえる、法的な定義もなく意味が曖昧、いくらでも拡大解釈可能、いわゆるヘイトスピーチという言葉がここで出て参ります。

 

 

ただ、なかなかその機会が無くて、その時に去年、大久保でですねヘイトスピーチの問題が起きて、特に私は大久保で生まれ育った者ですから、凄く許せないって思いがあってですね、友人にも、クラスメートにも在日の子がいましたし、朝鮮人出ていけ』ていう様なことを言うのは、本当に僕の街を汚すというか、そういう思いが有ったので、怒りがあったんですね。それで(抗議活動に)参加したんですけども、抗議活動の中ですら90年前の関東大震災のことを思い出す人が少ないので、こりゃマズイと思って、前からいつかは書かなくてはと思っていた関東大震災のことを今書かなくてはと思って、それで書いた次第です。

最初ブログで書いて、(ネットで話題になりましたね)驚いたのは14年前には僕が言っていることと言うのは、まわりの友人は全くピントこなかったのが、今は読者の反応でわかるのは、もういちいち説明しなくてもその危機感をみなさん共有されているんですよね。よくわかると、昔のことで片づける事は出来ないということを・・・。だから状況はそれだけ悪くなったということですよね。

 

 

 加藤氏がどのような思いで関東大震災朝鮮人虐殺に関わる著書を出版しようと思われたのか、その経緯はなんとなくですが理解はできましたが、

ここでズバリ書かせて頂きますと、関東大震災時の日本人による朝鮮人殺傷行為の背景にあるもの、そして日本人が『朝鮮人出ていけ』と敢えていわなければならないその原因に気づいているが、敢えてそれに気づかないふりをして活動をされているように、どうしても見えてしまいます。

というのは偏見でもなんでもなく、今の御時世、ネットで調べれば朝鮮人殺傷事件の背景に何があったとか、『朝鮮人出ていけ』といわなければならない理由など五万と出てくるでしょう。

 

そういえば、『台湾人出ていけ』『ブラジル人出ていけ』『フィリピン人出ていけ』『イタリア人出ていけ』『フランス人出ていけ』などなど、ほとんど聞いたことがありません。(アメリカ人出ていけ、中国人出ていけ、はたまに見る程度)

それがデモまで起こされ『朝鮮人は出ていけ』と言われるくらいですから、それ相当の原因というものが必ずあるはずなのです。加藤氏はその原因というものを検証しようと思われたことはあるのでしょうか?とこのような疑問や様々な感想を持ちました。

 

おそらく、『朝鮮人出ていけ!!』といわなければならない理由【原因)はここにあるのではないでしょうか!?

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このシリーズはここで終わりません、まだまだ続きます。

この関東大震災と、いわゆる朝鮮人虐殺に関する問題は、今後、韓国がユスリ、タカリのネタに利用してくる可能性が強まってきていますので、早めに手を打ってネタとしては使い物にならないくらいまで反論しておかないことには、捏造『日本軍「慰安婦」』の二の舞になってしまいます。

 

今回も無駄に長い、駄文をお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

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